「息子から、父へ」
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 今回のコラム寄稿者は、ISKUJさんです。
 好きではない。一緒にいると気を使う。厳しくおっかない…。今年69歳になる美容師の父の私の印象。
 私が幼いころ、父は何度かヴィダルサスーンのカットを学ぶため渡英しその送り迎えに成田空港まで母と妹で行った。1970年代中旬。当時1ドル=360円、ようやく日本人が海外に行くようになったころ。今思えば断腸の思いで行ったのだと思う。しかし先見の目があった。同じ時期に嶋ヨシノリ、今井英夫、井上陽平らと肩を並べて学んだ。ブラントカットの先駆者、時代に乗った。地元で大評判の美容室になる。
 同じ美容師の母とともに連日連夜、文字通り「馬車馬のごとく」働いた。私と妹はよく同じビルにあるフランス料理店や近くの喫茶店で夕食を済ませた。母が忙しすぎて、用意ができないからだ。父は自分の結婚する年齢、子供を産む年齢、お店の経営計画、人生設計全て若いうちに立てその通り実行してきた。
 当時我が家は住居を2度も建て替え、自家用車は2年に1度の車検(当時)ごと新車に買い替え、家族旅行は海外。友達には言えなかった。
 父は多趣味である。若いころの夢はジャズマンになりたかった。サックスの腕前はプロ級、今も毎月ライブをする…自分のライブハウスで。テニスは毎週。ジェットスキーを所有し、諏訪湖で遊ぶ。スキューバダイビングも嗜み毎年海外へ、でもニューヨークがお気に入り。仕事と趣味に生きる、言うなれば「大統領のように働き王様のように遊ぶ」人。
 そんな父から金品を貰ったことは1度もない。「大学に行きたい!」希望の大学名を告げると一蹴、「そんな所に行って意味があるのか?行きたいなら学費は自分で出せ」。目的がなく東京に出たい、大学でただ遊びたいという私の気持ちを見透かされていた。
 私が都内の美容室で修業している20代のころの父からの助言。
「浩二、今は貯金なんかするな。全部自分に投資しろ。服は見栄を張ってでもいい物を着ろ。いずれ何倍にもなって返ってくるから。」その通りになった。
 私が地元に帰り自分の美容室を開くとき、何も援助はなかった。一切。それも息子を本当の意味で想う厳しい愛情。どこかでちょっとは何かを期待していた甘い自分…。でもひとつ大きなプレゼントがあった。それは地元岡谷で「ジローさんの息子さん」といえばだれもが知っていてくれる…。これは商売をするうえで最高の贈り物。ちゃんと用意してくれていた。
私が美容の道に進んだのは、父の「カッコイイ」姿を見ていたから。美容の仕事への「夢」と「希望」を自らの姿で私に見せてくれていた。「美容学校に行くよ。」告げた日、普段はクールな父が人知れず大喜びしていたと母から教えられた。
そうだよ、すでに私は小学校の卒業文集に「将来美容師になる」って書いてたじゃない!
好きではない。一緒にいると気を使う。厳しくおっかない…。でも世界で1番尊敬する人。憧れる人。神様みたいな人。そして子供を想う気持ちで溢れている。
 普段は照れくさくて口では言えないけど、父さん、僕は生まれ変わっても絶対に美容師でいたい。
 僕はこの仕事が大好き!!たまに思うんだ、カットしながら、お客様に囲まれながら最期の日を迎えるのもいいなって。そんなふうに思える素敵な美容の道を教えてくれて、いつも正しい道に導いてくれて、厳しく育ててくれて本当にありがとう。そのおかげで今僕は素敵な店舗とお客様、自慢の我が家に妻と息子とマメシバに囲まれて最高に幸せに暮らしています。最愛なる、敬愛なるわが父「二朗」様…。
 100歳まで生きるって言ってた。 ありがとう。 
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